作成:原子力市民委員会 原子力規制部会
執筆:筒井哲郎、井野博満、川澄敏雄、後藤政志、阪上武、高島武雄、滝谷紘一、吉岡斉
原子力規制委員会(以下「規制委」と略記)は「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」(以下「新規制基準の考え方」と略記)という文書を2016年6月29日に策定した。その後、2回の改訂が行われているが、その文書は、2013年7月の新規制基準施行以来、既設原子力発電所(以下「原発」と略記)の適合性審査を進め、実質的に原発の再稼働を認可しつつある規制委が、各地の市民が提起している原発運転差止などの訴訟において、新規制基準そのものの不備が争点となっていることに対して、新規制基準の正当性を主張し、それによって、規制委が容認した原発再稼働が正当であることの根拠を示して、被告である電力会社や政府機関を助勢し、かつ権威づけて裁判官たちに圧力をかける役目を果たしている。
「新規制基準の考え方」の内容は、市民の目から見ても、科学者・技術者の目から見ても、原発という巨大なリスクを孕むシステムの安全を十分に考慮したものになっているとは言い難い。むしろ、既設原発に後付けの設備を加えられる範囲の改善で妥協している。福島第一原発事故以後の原子力規制は、原発の安全性追求において従前の方針を根本から変更することが期待されていたが、現状はそうではなくて、リスクを軽視することによって現実を容認する傾向が強い。規制委は、発足直後には慎重であったが、時を追うにつれて現状追随の度を増しつつある。
本レポートは原発の安全性に係る諸問題を基本から考え直し、原発のあるべき安全基準について考察し、そして提言するものである。
なお、本レポートは、2017 年8 月頃の状況を元に執筆されたものであり、その後の原子力規制委員会での審査や原発をめぐる裁判の経過などを反映できていない部分がある。原子力市民委員会および規制部会としての最新の対応等については、原子力市民委員会のウェブサイトでご確認いただきたい。
筒井哲郎
(原子力市民委員会原子力規制部会部会長)
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【目次】
まえがき
序章 原子力プラントの社会的不整合
0.1 原子力プラントの特異な危険性
0.2 社会的整合性の欠如
0.2.1 一般産業設備の賠償責任と保険制度
0.2.2 賠償責任免除のゆがみ
0.3 リスク評価の限定的性格
0.3.1 「安全目標」について
0.3.2 「確率論的リスク評価」について
0.4 犠牲を前提にしなければ成立しない軍事的性格
0.4.1 原発作業員がさらされる生命の危険
0.4.2 地元住民に対する被ばくの強要
第1章 再稼働を推進する新規制基準適合性審査
1.1 設計基準地震動、津波の過小評価
1.1.1 内陸地殻内地震に関する島崎邦彦氏の指摘
1.1.2 プレート間地震に関する野津厚氏の指摘
1.1.3 繰り返し地震を耐震基準で想定すべきである
1.1.4 津波について
1.2 火山灰の影響評価について
1.2.1 火山ガイドにおける火山灰の影響評価
1.2.2 火山灰による非常用ディーゼル発電機への影響
1.2.3 川内原発稼働差止仮処分における住民側の主張と福岡高裁宮崎支部決定
1.2.4 規制委による大気中火山灰濃度の見直し
1.2.5 セントヘレンズ山の噴火による観測値を用いても過小評価になる
1.2.6 富士宝永噴火での火山灰濃度についての電中研シミュレーション
1.2.7 産総研による吸気フィルタの火山灰目詰まり試験
1.2.8 新知見に対する規制委の対応
1.2.9 設備対応が必要でありバックフィットの対象にすべき
1.3 非常用取水設備の耐震クラスC の誤り
1.3.1 非常用取水設備とは
1.3.2 耐震クラスの誤り
1.3.3 「規制委員会の考え方」の不合理
1.4 不確実さに満ちた過酷事故対策
1.4.1 過酷事故対策設備の機能の不確実さ
1.4.2 過酷事故シミュレーション解析の不確実さ
1.4.3 過酷事故対策の不確実性(まとめ)
1.5 水蒸気爆発と格納容器破壊の危険性
1.5.1 福島原発事故では大規模水蒸気爆発は避けられたが
1.5.2 炉心溶融時に原子炉直下に水を張ることの危険性
1.5.3 「水蒸気爆発は起こりにくい」とする非科学性と安全性の無視
1.5.4 過酷事故対策の思想
1.5.5 炉型による溶融炉心の状態の違い
1.5.6 PWR の過酷事故対策の問題点
1.5.7 適合性審査の問題点
1.5.8 事故時の溶融炉心温度と水蒸気爆発発生の関係
1.5.9 水蒸気爆発発生の可能性は否定できない
1.5.10 核燃料溶融物による実験で水蒸気爆発が発生した事実を無視してはいけない
1.6 水素爆発の危険性
1.6.1 恣意的なジルコニウム反応量の評価
1.6.2 「規制委員会の考え方」の不合理
1.7 美浜3 号機蒸気発生器の耐震評価不正の疑い
1.8 クロスチェック解析をしない杜撰な審査
1.8.1 クロスチェック解析の必要性
1.8.2 クロスチェック解析をしない規制委の杜撰な審査
第2章 新規制基準の不徹底
2.1 特定重大事故等対処施設の設置期限延長
2.1.1 なし崩しの期限延長
2.1.2 事故発生は待ってくれない
2.1.3 設計を分けることの不合理
2.1.4 特重施設設置の先送りは福島の教訓に反する
2.2 原発の「テロ」・武力攻撃対策の現状
2.2.1 「テロ対策」の相対的性格
2.2.2 福島第一原発事故以前の考え方
2.2.3 原子力規制委員会の規定
2.2.4 故意による大型航空機の衝突
2.2.5 地上からの武力攻撃
2.2.6 「サイバーテロ」
2.2.7 戦争における攻撃
2.2.8 内部で育つ破壊者
2.3 免震重要棟の必要性
2.3.1 免震重要棟建設の撤回
2.3.2 免震構造の意味
2.3.3 文科省助成の免震構造研究プログラム
2.4 40年運転規制と老朽化
2.4.1 老朽化原発の現状
2.4.2 40 年運転規制と特別点検
2.4.3 圧力容器の中性子照射脆化
2.4.4 脆性破壊の危険性が高い高浜1号機
2.4.5 そのほかの老朽化事象
2.4.6 40年運転規制のなし崩しを許すべきでない
2.5 古い原発はなぜ危険か
2.5.1 原発保守管理の致命的な欠陥
2.5.2 40年運転規制の設定経緯
2.5.3 原発における劣化管理の困難
2.5.4 古いモデルの廃棄
2.5.5 東海第二原発の現状
2.5.6 [補足説明1] 開放点検で発見される傷の割合
2.5.7 [補足説明2] 溶接管理および保守管理の限界
2.6 難燃性ケーブルへの変更
2.6.1 適合性審査とケーブルの火災対策
2.6.2 プラントにおけるケーブルの役割
2.6.3 原発のケーブルは、なぜ難燃性でなければならないのか
2.6.4 ケーブルの健全性はプラントの死活的課題
2.6.5 現実の施工性
2.6.6 ケーブルの可燃性問題(まとめ)
第3章 新規制基準自体の欠落または不足な項目
3.1 新規制基準自体に欠落している項目
3.1.1 放射線災害から住民を守る立地評価
3.1.2 火山噴火対策の基本思想
3.1.3 「テロ」・武力攻撃対策の基本思想
3.2 立地審査指針と住民被ばく問題
3.2.1 立地審査指針の要点
3.2.2 立地審査指針の改訂審議の「中間とりまとめ」
3.2.3 新規制基準における立地審査指針の不採用
3.2.4 不当な立地審査指針の不採用
3.2.5 規制委員会「新規制基準の考え方」の不合理
3.2.6 立地審査指針の改正、採用を求める
3.3 繰り返し地震を想定した耐震基準に
3.3.1 熊本地震における繰り返し激震
3.3.2 蒸気発生器伝熱管の塑性変形破損
3.3.3 原子炉格納容器の伸縮式配管貫通部の疲労破損
3.3.4 「規制委員会の考え方」の不合理
3.4 労働安全衛生規則に反する水蒸気爆発防止策・水素爆発防止策
3.4.1 労働安全衛生規則における水蒸気爆発と水素爆発の防止規定
3.4.2 「規制委員会の考え方」の不合理
第4章 緊急時原子力防災
4.1 緊急時原子力防災とは何か
4.2 中央政府の防災体制の見直し
4.3 地方の原子力防災体制の見直し
4.4 地方の原子力防災計画に対する法令にもとづく厳しい審査
4.5 原子力事業者の避難計画の必要性
4.6 放射線モニタリングと放射能拡散予測の重要性
4.7 SPEEDI 運用停止という愚かな選択
4.8 原子力防災の現状(まとめ)
第5章 規制組織の振る舞い
5.1 原子力規制委員会の判断基準、行政機関としての振る舞い
5.1.1 原発再稼働を可能にする新規制基準の策定と適合性審査
5.1.2 原子力規制委員会の構成メンバーの偏り
5.1.3 市民への情報公開と独自の調査
5.1.4 「新規制基準の考え方」の発行
5.2 検査制度の見直し
5.2.1 検査制度見直しに係わる炉規法改正
5.2.2 検査の隠ぺいに陥りやすい誘惑
5.2.3 情報公開に向けた当事者の職業意識
5.2.4 公益通報制度の有効化
5.2.5 検査技術上の限界と検査計画
5.2.6 ステークホルダーへの説明責任
5.3 不明瞭な安全目標と鹿児島地裁の事実誤認
5.3.1 原子力規制委員会における安全目標の検討経緯
5.3.2 鹿児島地裁「川内原発仮処分却下」決定における事実誤認
第6章 原発に関わるリスク評価の虚妄
6.1 安全を追求する権利
6.1.1 絶対安全神話からゼロリスク批判へ
6.1.2 安全とは何か
6.1.3 ものづくりの基本:壊れにくく、ミスを起こしにくい設計
6.1.4 安全装置を解除した状態で起きる事故
6.1.5 確率的安全から確定的安全へ
6.1.6 「能動的安全」と「受動的安全」
6.2 原発事故のリスクと確率論的リスク評価の手法
6.2.1 原発事故のリスクとは
6.2.2 確率論的リスク評価(PRA)という手法
6.2.3 イベントツリー・アナリシス(ETA)とフォールトツリー・アナリシス(FTA)
6.2.4 PRA の歴史
6.2.5 日本における安全目標
6.3 原発の安全性が担保されていない理由
6.3.1 炉心溶融に伴って破損するような格納容器に意味はあるか
6.3.2 フィルターベントは有効か
6.3.3 PRA の基本的な問題点
6.3.4 セーフティ・カルチャーという幻想
6.3.5 事故に至る可能性が否定できない潜在的な設計ミス
6.3.6 事故の物理的な進展が想定される事象を無視してはいけない
6.3.7 重要な安全評価を不確かさの大きい解析だけで承認してはいけない
6.3.8 科学的視点と安全の論理を無視した水蒸気爆発評価
6.4 原発は他の技術と何が違うのか
6.4.1 原発は安全装置が機能しないと破局に至る
6.4.2 民主主義社会の根幹を揺るがす原発という技術 |