2016年7月21日
声明:愛媛県は伊方原発3号機再起動への同意を撤回し、
安全対策の徹底的な再検証を行うべきである
原子力市民委員会
座 長:吉岡 斉
座長代理:大島堅一、島薗 進、満田夏花
委 員:荒木田岳、大沼淳一、海渡雄一、
後藤政志、筒井哲郎、伴 英幸、
武藤類子
四国電力伊方原発3号機(電気出力89万キロワット、1994年運転開始)は、7月26日の再起動が予定されていたが、直前に一次系ポンプに不具合が見つかり、再起動は8月にずれ込む見込みである。同機は2011年4月29日以来5年あまり停止している。同機が原子力規制委員会から原子炉設置変更許可書を交付されたのは2015年7月15日であった。それにつづき工事計画認可、保安規定認可が交付され、使用前検査が最終段階にある。また中村時広愛媛県知事および山下和彦伊方町長による再起動に関する四国電力(佐伯勇人社長)への事前了解も同年10月27日に得られている。
もし同機が再起動に成功すれば、九州電力川内原発1・2号機、関西電力高浜原発3・4号機に続き、原子力規制委員会の下で5基目の再起動となる。
ただし周知のように高浜原発3・4号機はその後、2016年3月9日の大津地裁仮処分決定により運転停止している。したがって伊方原発3号機が再起動すれば、日本で運転中の商業発電用原子炉は2基から3基に増える。
しかし四国電力伊方原発3号機は、次に述べる二つの理由により、安全対策が不十分であると言わざるを得ない。
ひとつは、原子力規制委員会の新規制基準とその運用が、安全対策として不十分であり、周辺住民や国民の安全を保証せず、多大な損失をもたらす危険性を否定できないことである。とくに2016年4月14日に始まった熊本地震の教訓を踏まえれば、新規制基準とその運用を見直す必要があると考えられるが、そのような動きは少なくとも現在までみられない。
もうひとつは、原子力規制委員会の判断を厳しくチェックするために愛媛県が設置した「伊方原子力発電所環境安全管理委員会原子力安全専門部会」(以下、原子力安全専門部会と略記)が機能障害を起こしており、不十分な安全対策を容認していることである。
それゆえ原子力市民委員会としては、四国電力伊方原発3号機再起動に反対する。そして愛媛県知事に対し、再起動への事前了解を凍結し、伊方原子力発電所の安全対策(防災・避難計画を含む)をチェックするための新組織を立ち上げ、伊方原発3号機の安全対策の徹底的な再検証に着手し、それが完了するまでは再起動に同意しないよう勧告する。
原子炉運転中に都道府県知事が停止を要請しても電力会社がそれに従う法的義務はないが、今の伊方3号機は新規制基準導入にともなう原子力規制委員会の設置変更許可を得ているものの、再起動する前なので知事の判断には特別の重みがある。愛媛県知事は県民の生命・健康の確保を最優先とした行政の推進につとめるべきで、安全対策の不十分な伊方3号機の再起動を認めるのは適切ではない。
このうち原子力規制委員会の新規制基準とその運用の甘さについては、原子力市民委員会が2013年4月に発足して以来、『原発ゼロ社会への道-市民がつくる原子力政策大綱』(2014年4月)をはじめ、多くの声明・見解等で論じてきた※1ことであり、そこにおける幾多の論点をここで改めて詳しく紹介する必要はないと考えるが、それらの論点は、大きく三つの種類に分類することができる。この3点について若干の例をあげて解説する。
第1点は、原子力防災計画がきわめて粗末だということである。そもそも原子力防災・避難計画は、原子力規制委員会の規制対象ではなく、立地自治体および周辺自治体が任意で策定するものである。そしてこれまで提出された地域防災計画は、防災・避難インフラが無傷で、しかも避難活動が現在のインフラのキャパシティで処理できるということを前提としている。だが2011年の東北地方太平洋沖地震では、防災・避難インフラは地震・津波により大規模に破壊され、また避難人数があまりにも多かったため被災者の輸送・収容にも多大な困難を来し、加えて放射能により防災活動にも著しい障害を来し、結果として多くの人命が失われた。また2016年の熊本地震でも同様のことが繰り返された。このように現在の原子力防災計画では大規模複合災害には対処できないことが明らかである。現在の計画では、原発からおおむね5キロより遠い場所では、屋内退避が基本となっているが、避難が物理的に可能な状態において大量被曝するまで住民を屋内に留め置くというのは不合理という他はない。おまけに住民が自主的に防災対策を講じるために必要な情報が入手困難となっている。緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムSPEEDI(System for Prediction of Environmental Emergency Dose Information )を原子力防災体制から外したことはその一例に過ぎない。
防災対策が省庁ごとに分断され一元化されていないことも問題である。米国の緊急事態管理庁FEMAのような一元的防災組織を作る構想も福島原発事故直後には出されたが、いつの間にか棚上げされ、旧態依然の多省庁連携体制が生き残っている。また発電所内の電力会社社員・協力会社社員などの避難計画もない。消防・警察・自衛隊などの防災要員の避難計画もない。そして発電所からの避難計画と住民の避難計画との整合性も考慮されていない。原発過酷事故の影響は数十キロ以上遠方に及ぶが、全国的・広域的な原子力防災計画もない。要するに現在の日本の原子力防災体制は、福島原発事故前のそれと大同小異であり、制度改革(それはしばしば省庁間の縄張りの再編成をもたらす)を最小限にとどめたいという関係者の意向が強く反映されたマイナーチェンジとなっている。後述するように同じ指摘は原子力安全対策についても成り立つ。
第2点は、新規制基準の法令を定めるに当たって、既設原子炉を不合格にしないための配慮が手厚く施されていることである。旧式炉を含めてどんな既設炉でも、可搬式の安全設備を外付けしただけで合格できるような不十分な水準の安全性を要求するにとどまっている。電力会社が支出可能な範囲(1基あたり数百億円程度)で実施できるよう配慮されているのである。安全性向上のため世界の新型原子炉で導入されている設備、たとえばフランスの欧州加圧水炉EPRにみられるような、原子炉圧力容器外に流出した溶融炉心を格納容器内に貯留する「コアキャッチャー」や、航空機衝突に耐える二重の格納容器は不要となっているが、それは既設炉を不合格にさせないためである。「設備要求」(仕様規定)ではなく「性能要求」(性能規定)を満たせばよいという方針は、2006年に原子力安全・保安院が導入したものだが、それが福島原発事故後も見直されていない。周知のとおり、「性能要求」の審査には恣意的判断が入りやすいという問題がある。
また、誰もが指摘するのは、原子炉立地審査指針(これを満たさねば原子炉設置は許可されない)の棚上げである。同指針では周辺の公衆に著しい放射線障害を与えないことが目標とされ、そのために敷地境界(居住地域)において住民の被曝線量が250ミリシーベルトをこえないこと、集団線量が2万人シーベルトをこえないことが条件となっていた。ところが福島原発事故による放射線はそれを軽々と越えてしまった。
そこで、原子力規制委員会は、同指針の効力を停止し、それに代わり「安全目標」という概念を新たに提唱した(2013年4月)。それは福島原発事故の100分の1程度(セシウム137の放出量100テラベクレル以下)の放射能放出リスク(武力攻撃等によるものをのぞく)を、100万炉年に1回程度に抑えるというものである。だがそれは具体的な規制基準の厳しさの度合いと連動しておらず、現行の規制基準を満たせばこの安全目標をクリアできる保証は何もない。むしろこの安全目標は、計算上、これ以下のリスクの事象については審査対象から外して規制しないというかたちで悪用される恐れがある。
もうひとつ指摘すると、熊本地震によって「繰り返し地震」のリスクが注目されるようになった。しかし現在の耐震設計審査指針ではそれが考慮されていない。同指針は、単一の大きな地震動に原子力施設が耐えればよいという考え方に立っている。ところが熊本地震では、益城町(ましきまち)において震度7の地震動が繰り返し襲うなど、「繰り返し地震」が起きている。各々の地震動によって原発の設備・機器にかかる荷重が弾性範囲(地震力が除去されれば元の状態に戻る範囲)にとどまれば、それが数回程度襲来しても危険とまでは言えない。しかし、基準地震動未満でも弾性範囲をこえる地震荷重に繰り返し晒されれば、設備・機器の安全機能が損なわれる恐れがある。熊本地震で1回目の地震動に耐えても、2回目以降の地震動で倒壊した建物は少なくない。それと同様のことが原子炉施設でも起こりうる。
第3点は、新規制基準の運用において、既設原子炉を不合格にしないために、新規制基準の弾力的運用が行われていることである。その最も悪しき前例は、九州電力川内1・2号機において、原子力規制委員会が巨大噴火による火砕流の敷地内への到達可能性を認めたにもかかわらず、モニタリングによって数年前から予兆を把握できるという九州電力の主張を鵜呑みにし、合格としている。だが、巨大噴火について危険予知はできないというのが火山学会での定説だ。
また従来の評価方法では不合格となるケースについても、評価方法・試験方法を変えて合格させるという手続きが、原子力規制委員会の新規制基準の適合性審査においてとられている。たとえば基準地震動Ss(地震学及び地震学的見地から施設の供用期間中にきわめてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあるとして、原子力規制委員会が認め、耐震設計の評価に用いるもので、それを上回る地震動が生起する可能性は残る)の設定において、それをできるだけ低く抑えるように電力会社が工夫した申請を提出し、それを原子力規制委員会が丸ごと承認している疑いがある。
たとえば原子力規制委員会元委員長代理の島崎邦彦氏は、熊本地震のデータを踏まえて基準地震動を算出する入倉・三宅式が、地震動を過小評価する恐れがあると指摘し、関西電力大飯3・4号機の基準地震動の再評価を要請した。原子力規制委員会は入倉・三宅式を武村式に改めて再計算し、基準地震動を改める必要がないとの判断を下したが、島崎氏は原子力規制委員会が計算の前提となる条件設定を変えたため、やはり過小評価の結果を出していると批判している。この問題は大飯原発だけでなく全国の原発の基準地震動設定の信頼性をゆるがすものであり、伊方原発も無縁ではない。
愛媛県が「伊方原子力発電所環境安全管理委員会原子力安全専門部会」(原子力安全専門部会)を設置し、原子力規制委員会の安全審査(適合性審査)について独自の検討を行ったのは良いことである。その点において愛媛県の姿勢は評価できる。新潟県や福井県もそのような仕組みを整備していることは周知のとおりである。鹿児島県が遅ればせながら同様の仕組みを構築しようとしていることは結構なことである。こうした仕組みを作ることは、政令指定都市はともかく通常の市町村では財政面・人材面で困難であり、都道府県レベルの対応が必要となる。
しかし原子力推進の立場の専門家でメンバーを固め、批判的意見をもつ専門家を排除したのでは、政府・電力に追従する結論しか出てこないこともまた否定できない。実際、専門部会の報告書を精査してみると、肝心の諸点において規制委員会のあいまいな回答を丸ごと承諾していることが見て取れる。また原子力防災計画について検討対象から外していることも重大な手落ちである。同専門部会は伊方原発周辺住民の安全を確保するための助言を行う責務がある。その責務を全うするには、私たちが指摘してきたような原子力発電の防災計画・安全審査に関わる諸問題を徹底的に吟味しなければならない。その上で原子力規制委員会と四国電力に改善を要請しなければならない。その要請に対して原子力規制委員会と四国電力が誠実に答えないならば、同専門部会は愛媛県知事に対し、再起動を受入れないよう勧告すべきである。その責務を同専門部会が果たしていないのは残念である。 ※2
今回の私たちの声明の根拠をより明確に示すため、別紙として、2015年8月に提出された専門部会報告書に対する問題点を示した資料を付けているので、愛媛県知事には熟読をお願いしたい。そうすれば、伊方3号機再起動への同意は凍結せざるを得ないはずである。私たちは愛媛県知事の冷静かつ賢明な判断を強く望むものである。
以上
※1 以下、主要なものを例示する。
2013年12月18日緊急声明「政府は原発ゼロ社会の実現をめざし、民意を反映した新しい「エネルギー基本計画」
を策定せよ」
2014年8月4日「川内原発審査書案に対する総合的意見」
2014年9月30日「声明:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されない」
2015年8月11日「声明:問題山積のまま見切り発車の川内原発1号機再稼働を憂慮する」
2015年12月7日「声明:『特定重大事故等対処施設』のさらなる設置延長は不当である」
2016年5月16日「声明:熊本地震を教訓に原子力規制委員会は新規制基準を全面的に見直すべきである」
※2 私たち原子力市民委員会は、2015年12月、愛媛県知事および原子力安全専門部会長に対し、伊方原発再稼働
を容認した原子力安全専門部会の報告書に関する具体的な疑問点(本件声明の別紙とほぼ同様のもの)を明示し
た上で、技術的な観点からの意見交換を行うことを申し入れた。しかし、愛媛県からの回答は、「原子力安全専
門部会は、伊方原発の安全対策について、中立的立場で科学的に評価する立場にありますので、直接、原発に対
して賛成や反対の立場の団体と意見交換会をするのは差し控えさせていただきます」というものであった。私た
ちが具体的に示した問題点についての回答も示さず、対話にも応じないような閉鎖的な運営では、結局、四国電
力と一体となって、再稼働を容認することを前提とした委員会に過ぎないのではないかとの疑念を抱かざるを得
ない。
別紙:「伊方3号機の新規制基準への適合性審査に関する原子力安全専門部会報告書」
の問題点
1.「安全目標」に関する国側の回答について
「原子力安全専門部会」は、「報告書」p.7で、「原子力安全専門部会として国に確認すべき事項」として、「安全目標」の問題を冒頭に挙げ、「安全目標に関する思想や哲学」、「福島第一原子力発電所事故の前後において、変わった点はあるのか」、「特に、原発事故により多数の避難者と安全に暮らすために広大な除染を必要とする国土を産んだことに鑑みて安全目標にこれらのことが考慮されうるべきか否かについて議論がなされたのか」という重要な論点を示し、国への確認を行ったとしている。
これに対する原子力規制委員会の回答は、「今後とも引き続き検討を進めていく予定」、「達成を目指す目標」というきわめて不十分なものであり、「原子力安全専門部会」としても報告書p.17において、「原子力安全専門部会としては、国が安全目標を設定するにあたり、福島第一原発の事故を踏まえて、国民が必要とする十分な安全性に関する社会的合意は得られていないと理解した」と述べ、重大な問題点を指摘している。
にもかかわらず、その後の部分で、「例えば、発電所で働く全従業員が常にリスクを認識しながら作業を行うといったリスクを下げる活動が継続的に行われることも一つの安全目標と言えるもの」というかたちで原子力規制委員会に同調してしまっている。さらに、「規制当局、事業者双方において、安全性を高める努力が常になされる仕組みが重要であることから、安全目標の継続的な検討を含め、安全文化醸成を始めとした安全性向上に資する取組の促進を図ることが必要であると考える」と言う部分では、必要性が述べられているだけで、再稼働の前提となる安全性が十分かどうかを検証していない。
2.新規制基準適合性審査と「安全目標」の関係について
そもそも新規制基準は、「安全性」を保証するものではない。原子力規制委員会も、「安全性」について審査しているのではなく、新規制基準に適合しているかどうか(のみ)を審査しているものとしている。新規制基準の適合性審査においても、「安全目標」が達成されるかどうかは、具体的に審査されていないが、「原子力安全専門部会」としては、この点を全く考慮していない。
結局、「原子力安全専門部会」は、県民の立場から国に疑問を呈したような姿勢を示したものの、検証の姿勢が中途半端であり、「新規制基準への適合性は審査するが安全性を保証するわけではない」という原子力規制委員会の責任逃れに、むしろ荷担していると言っても過言ではない。このことは、「原子力安全専門部会」の「報告書」における最も重大な問題である。
3.「世界で最も厳しい水準」ということについて
「報告書」p.10では、国に対して、新規制基準を「世界でもっとも厳しい水準」と表現していることの具体的な根拠について質問し、その回答が「総合的に見てもっとも厳しい水準であると考えています」というきわめて抽象的な回答であったことが示されているが、「原子力安全専門部会」は、ここでも国の曖昧かつ不誠実な回答を受け入れている。※3
4.設計基準地震動について
伊方原発の基準地震動は、新規制基準に基づく適合性審査において、当初設計の570ガルから650ガルに引き上げられた。基準地震動の設定にあたり、四国電力は、a) 敷地前面の活断層を含む中央構造線断層帯において最大480kmの断層帯の連動を想定した内陸地殻内地震、b) 海洋プレート内地震として1649年の安芸・芸予地震、c) プレート間地震としてM9.0の南海トラフ地震を想定し、不確かさを適切に考慮したと説明し、「原子力安全専門部会」は、この基準地震動650ガルについて「最新の科学的・技術的知見を踏まえ、不確かさも考慮して、地震工学的見地から適切に策定されている」との判断を示している。
さらに、四国電力は、愛媛県からの「更なる揺れ対策の要請」に対する「自主的取組み」として耐震安全性評価および耐震性向上工事を行い「概ね1,000ガルの揺れに対する耐震性が確保されていることを確認した」としており、「原子力安全専門部会」は、四国電力の評価手法および評価結果は妥当であることを確認したとしている。
しかし、地震工学そのものが、「想定外」の地震現象の発生とともに改善されてきたこと、過去に他の原発でも、基準地震動を超える地震にたびたび見舞われていること、基準地震動や耐震強度の評価・計算が、様々な仮定に基づく数値計算によって求められていることなどから、650ガルという基準地震動や、1,000ガルの揺れに対する耐震性の確認が、すなわち安全を担保していると言えるのか、多くの市民が不安をぬぐえずにいる。
本年4月14日には熊本地震が発生し、未だ完全に収束したとはいえない状況にある。この地震の態様は、従来の地震とは異なる点があり、ここでも私たちは、未だ自然現象の全容を理解していないことを痛感させられた。一例をあげれば、4月14日夜にM6.5、最大震度7の前震が発生し、その後4月16日にM7.3、最大震度7の本震が発生した。このような強い地震の繰り返しで多くの家屋の倒壊があり、死者も多く発生した。鉄道や道路などの構築物の被害も多く、物資の輸送にも困難を来した。このことは、原発の安全性に深刻な不安を与えている。一度強い地震に見舞われ、弾性限界を超える応力を経験した設備が、再度、強い応力を与えられた場合、設備や機器の健全性は保たれるのか、現行の耐震設計では、そのような繰り返し地震に対する検証は行われていない。この新しい知見をもとに、原発の耐震設計について再検討を行なう必要がある。
5.不確かさの考慮とその妥当性について
不確かさの考慮について、原子力規制委員会が回答の中で例示したMCCI(溶融炉心・コンクリート相互作用)への説明(「報告書」p.13)には重大な問題があるが、「原子力安全専門部会」は、この点についても考慮した形跡がない。
具体的には、MCCIについて、「申請者は、使用した解析コード、解析条件及び現象の不確かさを考慮し、コンクリート侵食量の感度解析を実施しています」とあるが、使用した解析コードMAAPについては、水プール中でのMCCIに関する実験データによる検証はまったくなされておらず、そのような解析精度未検証の解析コードにより、いくら感度解析を行っても、その結果には信憑性がない。審査が先行終了した川内原発1・2号機では、MCCIによる水素発生量に関して、解析コードに依存しない最大量を採用して、格納容器内で水素爆轟が生じないと評価しているにもかかわらず、伊方3号機では、MAAPによる感度解析に基づき、川内1・2号機より大幅に少ないMCCIによる水素発生量を採用して、水素爆轟が生じないと結論している。滝谷紘一の検証※4によると、川内1・2号機と同様にMCCIによる水素発生量の不確かさを考慮すると、伊方3号機では水素濃度が爆轟防止の判断基準を超えることが明らかにされている。
6.人的要因考慮の状況について
「報告書」p.13の「人的要因考慮の状況について」では、原子力規制委員会の回答として、「運転員による操作に関しては、有効性評価の条件設定において、中央制御室で実施する操作開始を警報等の発信時点から10分後とする等の確実な実施のための時間余裕が考慮されていることを確認しています。また、操作遅れによる影響も考慮して対策の有効性を確認しています」との説明がそのまま示されているが、「原子力安全専門部会」は、これを妥当な回答だと評価しているのか。
運転員にとっては重大事故の発生は予期せぬ緊急事態であり、そのような突発的で緊迫した状況下で「警報発信時点から10分後に運転員が確実な操作を行う」とすることは、きわめて楽観的な判定である。重大事故の発生時には、中央制御室のプラント状態の表示盤上では多数の警報が同時に発せられていることが十分に想定され、操作以前にどんな事態が起きているのか正確に判断するのにさえ相当の時間が費やされることを考慮すべきである。福島原発事故の実態分析や事故内容を伏せた重大事故対応訓練の実施などを通じて、運転員対応に要する時間をより厳しい条件で想定し、それを反映した評価をすべきである。
過酷事故時の操作対応の想定が楽観的すぎるものであることは、井野博満、滝谷紘一が指摘しており※5、県の安全専門委員会はこのような指摘も検討に入れるべきである。
7.特定重大事故等対処施設
伊方3号機に対しては、未だに特定重大事故等対処施設、すなわち「原子炉建屋への故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムに対して対処する施設」「原子炉格納容器の破損を防止するための必要な設備」の申請が行われていない。原発を稼働する場合に、これらの設備がなくても良いという理由は何もない。また、特定重大事故等対処施設は、第二制御室、予備注水設備、フィルターベントなど、原子炉周りの本体設備と緊密に接続されているものであるから、設備を増設するには、本体設備と一体に設計し、接続工事を行わなければプラントとしての整合性を損なうことになる。工事計画認可申請の中に一体として記述しなければ、装置の整合性が危ぶまれる。
8.対策要員の被ばく評価
「報告書」p.97で、緊急時対策所の対策要員の被ばく評価の判断基準として「実効線量が7日間で100mSv を超えないこと」が示されているが、そのような労働契約がすでにできているのか。福島原発事故の際には250mSvまで基準を緩めたし、最近、原子力規制委員会でも250mSvに引き上げるよう、法令の改正案をまとめている。愛媛県の「原子力安全専門部会」として、どのような調査に基づいて「7日間で100mSv を超えないこと」を判断基準としているのか、過小評価の疑いが強い。また、それを超えた時にどのような措置をするかも明らかにされていない。
9.防災避難計画
伊方原発の防災避難計画には、佐多岬の住民をはじめとして、有効な対策が示されていない。さらにこの度の熊本地震によって、日ごろの道路網なども大きく損なわれることが判明した。原子力規制委員会および伊方原子力発電所環境安全管理委員会原子力安全専門部会は、防災避難計画は所掌外としているが、国際原子力機関IAEAの定める原子力安全の多重防護(深層防護)の第4層および第5層には、立地審査指針や市民が関わる防災避難計画が密接にリンクしている。これらの問題を等閑に付しては、原子力安全の検証を尽くしたとはいえない。
以 上
※3 新規制基準が「世界最高水準には程遠い」ことは、原子力市民委員会が具体的に明らかにしている。
(参照『「原発ゼロ社会への道――市民がつくる脱原子力政策大綱』(2014.4)p.162)
※4 滝谷紘一「加圧水型原発の溶融炉心・コンクリート相互作用と水素爆発に対する対策は新規制基準に適合して
いない」「科学」、85(1)、93(2015)
※5 井野博満、滝谷紘一「不確実さに満ちた過酷事故対策――新規制基準適合性審査はこれでよいのか」「科学」、
84(3)、333(2014)
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