『「特定重大事故等対処施設」のさらなる設置延長は不当である』
を発表しました
原子力規制委員会は、2015年11月13日の審査会合で、「特定重大事故等対処施設」(以下「特重施設」と略記)の設置期限延長を認める変更案を発表し、現在、パブリック・コメントが実施されています。この変更案は、特重施設の設置義務について、「新規制基準制定後5年以内」という今までの規定を、「本体施設工事認可後5年以内」に変えるというものですが、通常のプラント建設等の常識からすれば、「特重施設」の設置は、本体施設の設置許可変更申請(新規制基準適合審査申請)と同時に申請すべきものです。しかし、原子力規制委員会は、新規制基準制定(2013年7月)の際、経過措置規定として、5年間の適用猶予を認めました。今回、原子力規制委員は、自ら決めた規定をさらに緩和し、その適用猶予の起点を本体施設工事認可時にしようとするものです。
私たち原子力市民委員会は、新規制基準策定作業中の2013年6月に、5年間猶予の経過措置に反対を表明しましたが、今回の延期案はさらに不合理な改悪であり、私たちはこれに強く反対する立場から、別紙の声明をまとめ、原子力規制委員会に以下の3点を要請しました。
1.特重施設の設置期限を、本体施設工事認可後5年以内に変更する案を撤回すること。
2.新規制基準制定から5年間の経過措置が終了した後は、特重施設が整備されていない原発の
稼働を認めないこと。
3.今後、新規制基準の適合性審査の申請に際しては、特重施設に関わる申請を同時に提出する
ことを義務づけること。
声明:「特定重大事故等対処施設」のさらなる設置延長は不当である
座 長 吉岡 斉
座長代理 大島堅一 島薗 進 満田夏花
委 員 荒木田岳 井野博満 大沼淳一
海渡雄一 後藤政志 筒井哲郎
伴 英幸 武藤類子
はじめに
原子力規制委員会は、2015年11月13日の審査会合で、「特定重大事故等対処施設」(以下「特重施設」と略記)の設置期限を新規制基準制定後5年以内という今までの規定から、本体施設工事認可後5年以内に変更する案を発表し、パブリック・コメントを開始した。
本来、本体施設の設置許可変更申請(新規制基準適合審査申請)と同時に、この「特重施設」の設置を申請すべきところ、新規制基準制定(2013年7月)当初、経過措置規定により5年間の適用猶予は原子力規制委員会が自ら決めたことであるが、今回の案ではその適用猶予の起点を本体施設工事認可時に変更しようとするものである。
私たちは、新規制基準策定作業中の2013年6月に、5年間猶予の経過措置に反対を表明したが(注1)、今回の延期案はさらに不条理な改悪であり、私たちはこれに強く反対する。
「特重施設」とは、新規制基準の中に、「原子炉建屋への故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムに対して対処する施設」「原子炉格納容器の破損を防止するための必要な設備」と規定されているもので、具体的には、次のような項目が想定されている(注2)。
・既設制御室が使えなくなった時の第二制御室
・予備電源設備
・予備注水設備
・PWRのフィルターベント、など
なお、再稼働した九州電力川内原発1,2号機、設置変更許可申請の審査が終わった四国電力伊方原発3号機は、まだ特重施設の申請が行われていない(注3)。
事故発生は待ってくれない
原発を動かす場合に特重施設が無くても良いという理由は何もない。たとえば、テロ対策が当面不要であるなどという事情は何もない。最近のパリ市内における大規模なテロ被害や、ドイツの航空機の操縦士による「拡大自殺」などを見れば(注4)、テロ行為の危険性は日本においてもきわめて緊急性が高いと考えるべきである。
原子力規制委員会の田中俊一委員長は、「現時点では、全般的に本体施設等に係る新規制基準への適合性審査が当初の見込みよりも長期化していることに伴い、特重施設等の審査着手が遅れており、経過措置期間内に特重施設等の完成や検査の完了まで見込めていないプラントがほとんどである」という現実を吐露しているが、適合性審査の遅れは原子力規制委員会および規制庁の作業が遅いために起こっていることではない。事業者からの適切な申請書類がなかなか提出されないという事実もある。単に規制委員会側の作業量の問題であれば、委員長として体制拡充に真剣に取り組むべきである。さらにいうなら、そもそも多数申請された原発の審査を短期間でできると考える方がおかしい。過去約50年をかけて50基余の原発を審査してきたのであるから、むしろ、相当の時間がかかるのは当然と考えるべきである。
内部事情でテロ対策設備の設置を遅らせるということ自体が論理矛盾である。テロ行為を目論むものはテロ対策設備ができるのを待って行為に及ぶのではなくて、準備が整わない内にこそ敢行するであろう。したがって対策ができていない設備の工事計画を認可したり、いわんや再稼働させたりすることは、規制そのものの意味をなさない。
設計を分けることの不合理
特重施設の設置猶予期間を工事計画認可後5年に変更することの理由として、原子力規制委員会は、「特重施設等に係る設置変更許可申請の審査では、まず、本体施設等に適用する基準地震動及び基準津波並びに本体施設等の設備仕様を確定させた後に、特重施設等の設備仕様について許可の判断をする必要がある」などと述べている(注5)。しかし、本体設備の仕様を決めると同時に特重施設の仕様を決めることができない理由はない。特重施設が必要なものであるならば、本体設備の設置変更の際に特重施設をどこにどのように作るかを検討するべきである。工事計画認可を受けた後に、おもむろに特重施設の仕様を検討し、5年かけて設置すればよいとは、そもそも基準策定時には考えられていなかった。設備設計の中に特重設備の内容を組み込むことが不可能になる場合があり得るというのであれば、不可能となる設備設計は認可しないという基準を策定するべきである。
「また、特重施設等に係る工事計画認可申請の審査については、本体施設等に係る工事計画認可申請の審査において、本体施設等の個別配管ごとの位置や、圧力、温度、荷重等の環境条件等の詳細が確定しなければ、特重施設等と本体施設等の接続部分に係る詳細設計を審査することができないため、本体施設等の工事計画認可後に本格的な審査を行うこととなる」などとも書かれているが、これは話が逆である。特重施設を加えるには必然的に本体施設の改造や接続をともなうのであるから、工事計画の中にあらかじめ組み込んで本体施設と特重施設の審査を同時に行うのが本来の設計・審査のあり方である。
現に、新規制基準施行日に、少なからぬ原発の設置変更許可申請書と工事計画認可申請書が同時に提出され、規制委員会はそれを受け付けた。増設の予定のある設備では、その全体像を把握しておいて、少なくとも配置スペースや接続部分の用意がないために実現不可能という結果にならないように基本設計を固めて置くというのが、設備設計の常道である。
工事計画と特重設備の審査を別箇に行うということは、物理的に場所や接続箇所がなくて実現不可能という事態すら起こり得る。
結論
福島原発事故以前に、シビアアクシデント対策が原子力事業者の自主的整備に委ねられた理由が、規制としては必要ではないが「更なる安全性」を高めるためと説明されていた。特定重大事故等対処施設の設置は、この文言と同じく「更なる安全性」を高めるためと喧伝されている。この「更なる安全性を高めるため」という言葉と、その言葉に従った原発の安全性を確保するための制度設計が、いかに空疎であったかは福島原発事故による教訓として我々の共通認識となったはずである。原子力規制委員会、原子力規制庁は、二度と「更なる安全性」を高めるためという言辞を弄するべきではない。特定重大事故等対処施設に5年間の猶予期間を設けることは安全規制を任務とする機関の提案としては許されるものではなかったが、その許されない提案を決定した上に、さらに、今回、猶予期間を延長する提案をすることは、規制機関としての職務を投げ出すに等しい行為である。
今回の改変提案は、原子力規制委員会が自ら定めた規定を反故にするものであり、新規制基準制定時の国民への約束を破るに等しく、到底許されるものではない。原子力規制委員会の信頼は地に落ちるであろうし、自ら制定した基準を守れない規制機関は、事業者からも軽んじられる結果を生むに違いない。
以上の結論として、原子力市民委員会は、原子力規制委員会に以下の通り要請する。
1.特重施設の設置期限を、本体施設工事認可後5年以内に変更する案を撤回すること。
2.新規制基準制定から5年間の経過措置が終了した後は、特重施設が整備されていない原発の稼働を
認めないこと。
3.今後、新規制基準の適合性審査の申請に際しては、特重施設に関わる申請を同時に提出することを
義務づけること。
注1.原子力市民委員会緊急提言「原発再稼働を3年間凍結し、原子力災害を二度と起こさない体系的政策を構築せよ」2013年6月
19日、p.13
http://www.ccnejapan.com/2013-06-19_CCNE_01.pdf
注2.「特重施設」の定義は「実用発電用原子炉及び付属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則等の一部を改正する規
則」第42条、および「同規則の解釈」の該当条文にある。しかし、その審議は非公開にされているので、その具体的な項
目を逐一知ることはできない。記載のものは次の電力会社の説明資料に基づく:関西電力「高浜3号炉及び4号炉特定重大
事故等対処施設原子炉設置変更許可申請の概要について」2015年1月20日および東京電力「柏崎刈羽原子力発電所原子炉
設置変更許可申請の概要について(1号、6号及び7号原子炉施設の変更)」2015年1月20日。
注3.「原発のテロ対策施設設置猶予期間を延長」『朝日新聞』2015年11月14日。「原発のテロ対策先送りの怪」『東京新聞』
2015年11月18日
注4.2015年3月24日に発生したジャーマンウイングス9525便の意図的墜落
注5.原子力規制庁「特定重大事故等対処施設等に係る考え方について」2015年11月13日
https://www.nsr.go.jp/data/000129587.pdf
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