九州電力株式会社は、川内原子力発電所1号機を、2015年8月11日、再稼働させました。
これを受けて、原子力市民委員会は、「声明:問題山積のまま見切り発車の川内原発1号機再稼働を憂慮する」を発表いたしました。
座 長 吉岡 斉
座長代理 大島堅一 島薗 進 満田夏花
委 員 荒木田岳 井野博満 大沼淳一
海渡雄一 後藤政志 筒井哲郎
伴 英幸 武藤類子
1.原発再稼働の強行に至る経緯
九州電力川内原発1号機が、とうとう起動し発電再開へ向けて秒読み段階に入った。これは原子力規制委員会が設置されてから最初の原発再稼働となる。九州電力関係者にとっては夢にまで見た瞬間であろう。またこれを機に、日本全国で原発再稼働の流れが定着してほしいと、原子力関係者は強く期待しているに違いない。
川内原発1号機の再稼働への道のりは険しかった。福島原発事故後も設置許可は取り消されず、日本の原発の多くは運転を続けた。しかし定期検査などでいったん停止した原発の再稼働は立地・周辺地域の同意を得ることが難しくなった。国民世論を刺激することも関係者は恐れた。このままでは全ての原発が再稼働できなくなると原子力安全・保安院、経済産業省、関係閣僚らは懸念を抱き、定期検査後の再稼働を承認する正規のルールを確立しようとした。
原子力安全・保安院は当初、この問題を軽く考えていた。津波を原因とする全電源喪失および冷却機能喪失という緊急事態を想定した小手先の安全対策の追加を電力会社に指示し、それに対する電力会社の報告を受けて再稼働にゴーサインを出そうとした。なお原子力安全・保安院は直ちに対策が整わなくても中長期的な整備計画が策定されていれば、運転再開について安全上支障がないとした。経済産業省がこの新ルールを適用しようとした最初の原発が、九州電力玄海2・3号機だった。だが九州電力やらせメール事件が発覚して眞部利應社長が辞任を発表し、この件は白紙となった。
2011年 7月11日、菅直人首相の意向にもとづき関係閣僚は再稼働の条件としてストレステスト実施を指示した。原子力安全・保安院は作ったばかりの新ルールを白紙に戻し、それに従った。ストレステスト(1次評価)に最初に合格したのは関西電力大飯3・4号機(2012年 2月13日)だった。だがその頃から、原子力規制体制を一新しようとする政治的動きが活発化し、原子力安全・保安院はまもなく廃止されることとなり、ストレステスト方式による再稼働という新ルールはまたも白紙となりかけた。そして2012年 5月 5日、それまで運転していた全ての原発が定期検査に入り、日本の稼働中の原発はゼロとなった。しかし野田佳彦首相は2012年夏、ストレステスト方式による再稼働の唯一の適用例として関西電力大飯3・4号機の再稼働を後押しし、2012年 7月 5日から2013年 9月15日にかけて2基が稼働した。
2012年 9月19日、原子力規制委員会が環境省の外局として設置され、その事務局として原子力規制庁が設置された。その際に原子炉等規制法が改正され、バックフィット適合が義務づけられたため、全ての原発は再稼働に当たって新規制基準適合を義務づけられた。この新体制のもとで2013年 7月 8日、商業発電用原子炉に関する新規制基準が施行された。その日の内に九州電力川内1・2号機を含む合計10基の適合性審査の申請が行われ、4日後には九州電力玄海3・4号機も加わった。3度目の仕切り直しである。こうして適合性審査が始まったが、審査は長期化した。ようやく川内1・2号機が2014年 9月10日に合格とされた。(その後、2015年 2月12日に関西電力高浜3・4号機、7月15日に四国電力伊方3号機が合格とされている)。
だが再稼働までには工事計画認可、保安規定認可、起動前検査をクリアする必要があり、その審査にも時間を要した。ようやく本年 8月、川内1号機が再稼働する運びとなった。適合性審査の申請から実に 2年あまりを要したこととなる。川内1号機は 4年 3カ月ぶりの再稼動となる。同2号機も10月再稼働が見込まれている。九州電力全体でみれば、同社で最後まで運転していた玄海4号機は2011年12月25日に停止したので、3年 8カ月ぶりに原発ゼロ経営を脱することとなる。長い道のりだったと九州電力関係者は一息つくだろう。
ただ2015年内の再稼働は全国で2基止まりとなろう。原子力規制委員会の設置変更許可が2番目におりた関西電力高浜3・4号機は、福井地裁による運転差止仮処分決定(2015年 4月14日)により、2015年内の再稼働は絶望的だ。また3番手の四国電力伊方3号機(7月15日設置変更許可)も、工事計画認可等の手続きを半年でクリアし今年中に再稼働するのはきわめて困難だろう。来年以降も再稼働促進への視界は晴れない。おまけに福島事故により日本国民の原発に対するリスク認識は変化した。事故・事件等により安全上の問題が露呈すればその都度、多数の原子炉が長期停止や、場合によっては廃止に追い込まれる可能性が高い。
2.原子力規制委員会の審査は安全を保証しない
原子力市民委員会が今まで再三にわたり指摘してきたように、原子力規制委員会の審査に合格した原発といえどもその安全性は保証されていない。そのことは『原発ゼロ社会への道――市民がつくる脱原子力政策大綱』(2014年 4月12日発行)、「見解:川内原発再稼働を無期凍結すべきである」(7月 9日)、「川内原発審査書案に対する総合的意見」(8月 4日)、「声明:原子力規制委員会の存在意義が問われている」(9月30日)、「声明:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されない」(9月30日)、「見解:高浜原発3・4号機の再稼働は容認できない」(2015年 2月 1日)、「年次報告2015 原子力発電復活政策の原状と今後の展望」(6月 8日)などで述べてきたとおりである。
安全が保証されていない主な理由は2つある。第1は、審査の大黒柱をなす新規制基準が本質的に甘い規制基準であることである。それは大筋において国際水準に追いついたといえるが、国際水準そのものが、旧式炉を含め既設炉でも合格できる水準に設定されているので、それと比べ大きな遜色のない程度では、災害大国に住み、福島第一原発事故により大量の放射能を浴びせられた私たちとしては、甘すぎる基準と言わざるを得ない。特に立地審査指針を強化すべきところ、反対に無効化してしまったことは、従来の安全基準と比べても重大な後退である。新規制基準は事故対策組織を形式的に整備してハードウェアの追加工事といった部分的改善を、支払可能なコストの範囲で行えば、全ての既設原発が合格できるよう注意深くデザインされたものであり、実態としては原発設備の本体部分は既設の設備のままで、重大事故対応の可搬式設備を付け加えて、安全性を強化したと称しているに過ぎない。地震や津波の想定も若干大きめにした程度であり、簡単な補強工事で対応できる範囲に留めている。おまけに審査に際して新規制基準の弾力的運用がなされている。たとえば火山影響評価ガイド(火山審査ガイド)について、姶良(あいら)カルデラからの巨大噴火による火砕流の原発敷地内への到達可能性を原子力規制委員会は認めているが、モニタリングにより予兆を把握できるという九州電力の主張を鵜呑みにし、合格としている。だが火山学界では巨大噴火についてモニタリングで有効な危険予知ができないというのが定説である。
第2は、新規制基準の中に、地域防災に関する基準が含まれていないことである。新規制基準がカバーしているのは国際原子力機関IAEAが定める多重防護(深層防護)の第4層までであり、第5層の原子力施設外での放射線被ばく防護が規制基準に含まれていない。原子力災害対策特別措置法および原子力規制委員会の原子力災害対策指針の定めでは、敷地外の防災・避難計画は立地自治体(道県、市町村)および周辺自治体(原発から30km圏内にある府県、市町村)に丸投げされており、原子力規制委員会は地域防災計画作成のための簡単な指針を公表するのみで、防災・避難計画を審査対象としていない。今まで提出された地域防災計画はほとんどが「絵に描いた餅」であり、とりわけ災害弱者に対する配慮を著しく欠いている。しかも全国および地方(たとえば九州地方全体)における広域的な防災・避難計画は策定されていない。原発過酷事故による放射能が都道府県境を軽々と超え、避難民や防災要員・物資も都道府県境を大規模に横切ることは、福島原発事故で私たちは経験済みである。
さらに、ここにきて、運転開始から31年以上経過している川内原発1号炉について、運転開始から30年までに必要とされている高経年化(老朽化)審査が行われていなかったことが明らかになった。九州電力は、2015年 7月 3日に補正申請を提出したが、この補正申請は、設備の変更に加え、耐震安全性評価の追加を含む大幅な変更・追加となっている。主給水配管の腐食減肉評価において0.991と許容値1に対してぎりぎりの危険部位もある。それにもかかわらず、原子力規制庁は九電の評価をほぼ丸呑みにした審査を行い、8月 5日、原子力規制委員会もこれを了承。保安規定の変更申請を認可した。補正申請からわずか 1ヶ月のスピード審査であり、委員会における審議はわずか数分であった。あきらかに再稼働直前の駆け込み認可であり、旧原子力安全・保安院時代にさえ厳格に守られてきたルールから逸脱するものである。
このように原子力規制委員会による審査は、立地・周辺住民はもとより国民の安全を保証していない。今の規制基準がきわめて不十分なものであり、住民・国民の安全が十分に保証されるものとなっていないことから、新規制基準による原発再稼働は認められないというのが、原子力市民委員会の見解である。
原子力発電は、他の技術とは異次元の、時間的にも空間的にも並外れて巨大な災害をもたらすリスクを抱えている。しかもその災害の原因究明は放射線・放射能に阻まれて困難をきわめている。福島事故から 4年 5カ月を経過した現在でも、原子炉システムにおける事故進行の詳細なシナリオは解明されておらず、核燃料デブリの所在場所すら分かっていない。さらに事故の収束もままならない。事故収束には「止める」「冷やす」「閉じ込める」の3条件が満たされる必要があるが、循環注水冷却システムの「冷やす」機能は不安定である。また広範囲に飛散した放射能を回収し「閉じ込める」ことは全く不可能である。このように原子力発電は特別のリスクを抱える異次元の技術である。そのようなものの再稼働を、軽々に判断してはならない。
3.原発ゼロ社会を実現するために
川内原発1号機の再稼働はきわめて残念なことである。しかし原子力発電は、電力会社がその魅力に惹かれて進めている事業ではなく、大き過ぎる経営リスクとそれに由来する種々の難点を抱えていることを承知の上で、国策によって進めてきた事業である。したがって国家政策を転換することができれば途端に立ち行かなくなる虚弱な体質をもつ。しかもその生産物である電気は他の手段でも作ることができるので、原子力発電は経済社会の必需品ではなく、無くてもよい技術である。それゆえ主権者たる国民が政策転換のきっかけを創り出すことさえできれば、原子力発電は遠からず廃止されるであろう。このような確信をもって、私たちは原発ゼロ社会を実現するための調査・研究・対話を地道に進めていく他はない。
そうした取り組みの現在における最大の焦点が再稼働問題である。ここにおいても、市民のねばり強い活動を背景とした国民世論の力が今まで原発再稼働を押しとどめてきた。仮に、政府や電力会社などが原発再稼働を強引に進めることになっても、そのスピードをできるだけ遅らせ、再稼働にこぎつける原子炉の基数を少数にとどめることが重要になる。なぜなら原発事故の危険性をそれだけ減らせるとともに、原発ゼロ社会へ向けての政策的な舵取りが円滑に行えるからである。原発再稼働をできる限り抑え込むためにさまざまな活動が考えられるが、ここでは裁判を活用することと、立地地域自治体に働きかけることの2点について述べたい。
第1の裁判の活用については、2014年 5月21日に福井地裁が大飯原発3・4号機の運転差止判決を下したのが記憶に新しい。さらに同地裁は2015年 4月14日、高浜原子力発電所3・4号機について、運転差止決定を下した。それは原告住民側の仮処分命令申立に関するものであり、仮処分が有効であり続ける限り関西電力は高浜3・4号機を再稼働できなくなった。このように福島事故以来、司法の原発への姿勢にも変化の兆しが現れている。
また東京第五検察審査会の議決(2015年 7月17日)も注目に値する。福島原発告訴団(2012年 3月結成)は、福島原発事故による住民被害を刑事事件として福島地検に東京電力関係者、政府関係者、放射線専門家らを告訴した(2012年 6月11日)。それは東京地検で審査されたが2013年 9月 9日に不起訴処分が決定された。そこで福島原発告訴団は翌月、対象者を東京電力幹部6名に絞って刑事事件の申立を行った。2014年 7月31日、東京第五検察審査会は勝俣恒久会長、武黒一郎フェロー、武藤栄副社長の3名(いずれも肩書は事故当時のもの)に対し不起訴不当の議決を行った。それに対し東京地検は2015年 1月22日、再度不起訴の判断を示し抵抗した。だが検察審査会はただちに審査を再開し、7月17日に再び3名に対し不起訴不当の議決を行った。これにより3名の元東京電力最高幹部は強制起訴されることが決定した。つまり原発過酷事故を起こせば刑事事件の被告となるリスクを負うことが明確となったのである。それは電力関係者にとって恐怖であるに違いない。それは電力会社の原子力発電に関する今後の姿勢に影響を及ぼす可能性がある。
第2の立地地域自治体への働きかけについては、少なからぬ自治体が原発再稼働に慎重姿勢をとるようになっている現在において、一定の効果を見込めるものである。とくに重要なのは原発立地道県や周辺都府県への働きかけである。都道府県レベルの自治体は原子力災害の防止や被害軽減のための行政組織を構築することが可能であり、それによって電力会社や政府と、住民の安全確保に責任をもつ立場から交渉を行うことが可能である。今まで原発など核施設の建設・運転に関して地方自治体は許可・認可の権限をもたなかった。それでも電力会社と安全協定を締結することなどを通して、自治体は実質的な拒否権(事前了解権)を有していた。とはいえそれは立地当該市町村とその属する道県に限られていた。この両者の首長の同意さえ得られれば電力会社は原発の建設・運転を自由に進めることができた。だが福島事故により原発過酷事故の被災地域がきわめて広大に及ぶことが改めて明らかになった。それにより周辺道府県や周辺市町村も電力会社と新たに安全協定を締結すること、あるいは従来の安全協定よりも自治体の権限を強めることを要求するようになった。
今のところ立地当該市町村および立地当該道県以外に、拒否権を盛り込んだ安全協定の締結を実現した自治体はない。それでも立地道県は、住民全体の意思を尊重する立場に立って住民意見を丁寧に聴取し、それを尊重する手続きを踏むことが可能である。そこにおいて直接民主主義的手法の活用も真剣に検討すべきである。鹿児島県の伊藤祐一郎知事は、拒否権をもつのは県と立地当該市町村(薩摩川内市)のみでよいとして、県民意見を丁寧に聴取しないまま早々と昨年11月 7日に川内原発再稼働に同意したが、あまりにも拙速だったと言わざるを得ない。今からでも遅くはないので、川内2号機再稼働の前に同意を撤回することを勧めたい。なおできるだけ早期に、地方自治体が原発等の核施設の建設・運転について電力会社等と協議するための法的ルールの検討を進めることが必要である。
以上、原発再稼働を最大限抑制するための2つの手段について述べたが、原子力市民委員会は今後も重点的に、これらに関する調査・研究・対話を進めていきたい。